隠れ家の音

 「 如何かな。ここの感想は。」

真っ白なライオンのような髪の老人が問う。
一番近い隣の家がはるか向こうの山に見える。

「 静かですね。こんな静けさは久しぶりです。
  景色もいい。眼下に港町が見える。
  空気が美味しくて深呼吸したくなります。」


部屋は和室、30畳以上あるだろう。
丁度品は一切無い。
あるのは、
大きな黒檀の座卓と座り心地のいい座椅子だけだ。

「 はじめまして。私は弾と申します。
  Mrs.Yのご紹介でこちらにお邪魔させて頂きました。」


「 堂さん。大変無理なお願いをしてごめんなさい。
  弾さんは、普段私と組んで仕事もします。
  でもそれは、ほんの数回の事です。
  彼は、与えられた任務は全てパーフェクトに
  こなしてきました。だからここへお連れしました。」


「 さぞ、きつい仕事だったろう。彼女の事だ。想像がつく。
彼女の配置に間違いは無い。いや許されなかった。
私もよく御世話になった。
弾君、君は組織の人間じゃないな。
表向きは静かな紳士を装ってはいるが、
スーツの裏地に銃を仕込んでいる。ZENIAか。
軽くて柔らかい。
いい生地だ。私もよく着た。」


「 タバコを吸っても宜しいでしょうか? 」


老人は小さなリモコンのボタンを押す。
美しい天象模様の着物の女性が音も無く襖を滑らした。

「 申し訳ないがここにはお茶しか置いていない。
  それでもよろしいか?それと灰皿だ。」


「 光栄です。御願いします。」

老人の瞼が閉じている。弾が話を始めた。

「 堂さん。Mrs―Yにお聞きして、あなたの事を
  少し調べさせて頂きました。
  その事のご無礼を御許しいただけますか? 」


空間が縮まってきた。一歩間違えば、終わりだ。

「 それは、内容にもよる。君は何を知った?」

「 あなたの傘下企業にzEron社というのを見つけました。
  その会社は、聴覚に障害のある方々の脳に直接パルスを送る
  機器の開発に成功している。
もちろん脳の根幹にかかわる機能を損ねる事も無く・・・
もし普及すれば、聴覚のない方々の全てが変わる。
  その機器を私達の出すCDに付属したいと思っています。
  ご協力願えますか?」


「 弾君、私はもうビジネスはしてない。
その話はzEron社の担当者と話すべきではないのか。」


「 いいえ。ビジネスではありません。
無償で20万個程提供して頂きたいのです。」


「 君の話は、無駄が無くて気持ちいい。内容も大胆だ。
  本当は何がしたい。」


「 荒野に道を造るのです。
誰もが同じようなやり方でおなじような
  道を歩きたがる。無理も在りません。無難です。
  私はそれが間違いだとは言わない。
でも正しいとは一切思いません。
  何もしないうちからあきらめるなと。
それを多くの人々に伝えたいのです。」


堂がおもむろにキセルに灯をつける。唐草のサロメだ。

「 私と同じライターを君も持っていたね。さっき観た。
このライターはいい。職人さんの魂が籠っている。
  CDは持ってきたか?」


「 はい。ここに。」

弾は手渡した。まだ表面は印刷されていない。白いままだ。

堂が、リモコンの青いボタンを押した。

「 あちらへ行こう。」

床の間の壁がシャッターのように上がって行く。

「 私は、何もかもを捨ててこの家に移った。
  だが捨てられなかった物が一つだけあった。
  この部屋だ。 」


おそらく数万枚は在るだろう。眼がくらむ程のCDコレクション。

それに、PASSのパワーアンプとプリアンプ。スピーカーは、
WilsonのSasha。世界最高のオーディオだ。
先程の部屋の倍はある。壁も防音、無駄な反響を押える設計だ。

「 素晴らしい部屋ですね。これ程の試聴環境はめったに
あるものではない。
  機器のセンスにも驚きます。」


「 これが私の、唯一の生きる意味だ。趣味なんかじゃない。
  存在証明だ。」


「 君なら解るだろう。鳴らしてみろ。」

弾がセットする。Mrs-Yと堂はチェアに腰掛けている。

冨士夫のイントロから紗和の歌声が響きわたる。
部屋中が振動していた。

2曲が終わる。

「 誰かに似ている。でも誰にも似ていない。
どこかで聞いたようにも思える。
でも初めてだ。」


「 私の本音がお分かり頂けたでしょうか?
  どんなハンデを持った方々にもこの音を届けたい。
  その想いだけです。」


Mrs-Y が優しい笑顔を浮かべている。

「 堂さん。このリアリストがこんな事言うのを、
  初めて聞いたわ。本気ね。」


老人は無言だ。永遠の意志か・・・・

「 この子と会ってみたい。機器は準備させる。
  そのCDは置いて行ってくれ。」


「 判りました。宜しく御願いします。」

弾、Mrs-Yは帰途に付いた。疲れが激しい。今日は彼女のベントレーだ。

「 相変わらずね。あの方は余程じゃないと動かない。」


「 違うな。眼下を見ただろ。大きな悪意からわずか5年
  で立ち上がった街だ。
彼はそれをやり遂げた中心人物だ。
  本質を知っている。
今何が必要で何を潰さなければならないか・・・
3.11以降、全てが変わったんだよ。」


「 あなた自身も。やっと見つけたのね。
  でも急いじゃダメよ。じっくりね。」


「 判ってる。食事に行こうか? 何がいい?」

「 今夜はおしゃれに、フレンチディナーはどう?」

「 ああ。いいぜ。出来ればホテルがいい。」

「 じゃぁ、リッツ・カールトンね。予約するわ。」

弾は強い眠気に襲われている。今日は食事してワインを飲んで
休もう。

まだまだやる事が在る・・・・今なら間に合うかも知れない。


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