視界が消える・・・何でやねん!!
水の都、大阪。4月です。1日には新鮮な響きが聴こえます。
僕は就職活動と呼ばれる行為を一切しませんでした。
その意味がよく解らない。
興味のない事を、何故しなければならないのか?
本気でそう考えていました。
当然、成人式や卒業式にも行きません。
別に何の不都合も無い。全て個人の判断です。
それで十分だと今も考えています。
しかし世間はそうはいかない。僕の行為を許してはくれません。
大阪の小さな商社に入社出来るお話しが来ました。
僕はその会社に入る事を決意します。
妥協でしょうか? 違います。当然断る事も出来ました。
田舎育ちの僕は大阪がどんな所か見てみたかった。
そして仕事と呼ばれる体験をしてみたい。そう思ったのです。
会社の社長には、3年で退社の意向を面接時に伝えました。
社長は微笑んでいます。顎から永い髭が伸びている。
何か仙人みたいな人やなぁ~そう思いました、
「 Y君、取り敢えず4月1日から出社して下さい。」
古ぼけたアパート暮らし。お風呂も無い。電話も無い。
あるのは、AUDIOと布団。
それにテレビだけの部屋です。まだCDは出ていません。
学生時代と変わらんなぁ~というがその部屋でした。
地方から見たら、大阪はコワ~~~い街。そんな印象が拭えません。
路を歩いていたら絡まれる。殆どの男たちがサングラスを懸けている。
女性はケバイ。おばちゃんはしゃべりまくる。
1年間暮らして、一部は当たっていました。すぐ上の行がそれです。
これからも変わらないでしょう。大阪の文化として定着していると思われます。
何よりも驚いたのは、会社のシステムです。
社長は、10時出勤。それは良しとしましょう。
ところがです??
本業は、一切顧みず投資行動に没頭しているのです。
場所はミナミのど真ん中。家賃もそれなりだと思われます。
営業マンは一人しかいない。
何が何やら解らない。社員の誰も仕事の事は教えてくれない。
1年間は徹底的に電話対応と伝票書きの日々でした。
2年目の4月1日に、社長から初めて指令が来ます。
「 さぁ。Y君。お客さん周り行こか。」
「 はい。」
社用車は、一台です。
綺麗な紺色のロールス・ロイス・シルバー・シャドウでした。
ええ~~これで行くのん???
取引先は何とも思わへんのやろか・・・・・
僕はポカ~ンとしていました。
「 先に、一番の大事な会社に行くでぇ~」
ああ~この人は、それでいいんや。とても勉強になりました。
案外ハチャメチャな人なんかも知れへん。おもろいやないか。
社長を改めて見直しました。
1週間は、二人で出ずっぱりです。
もう何人と名詞交換したかも定かではない。そんな状態になっていました。
2週間目からは、地方へ電話をかけまくり自己紹介の連続です。
そしてすぐに前線に送り込まれます。
誰も教えてくれない。そうなれば自分で考えるしかないのです。
今思えば、社長の器の大きさ、度胸の座った姿が浮かびます。
無言の教えでした。
仕事は、殆どが定時に終業します。まずいのは住んでいる地域の環境です。
アパートの近くにパチンコ屋さんが乱立している事でした。
時間は有り余っています。入りびたりになるのは必然です。
食事は2の次になってしまう。11時まで球を弾いてから晩御飯を考える。
身体にいいはずが在りません。
ある朝起きると、眩暈がします。
取り敢えず着替えて会社に連絡を入れました。
「 Hさん、ちょっと病院に寄ってから行きます。」
近くの病院に行きました。大阪に来てからは初めての事でした。
先生が、首をかしげています。
「 Yさん、取りあえず血液検査しましょう。今の処は様子を見ます。
結果は明日出ますので、もう一度御出で下さい。」
次の朝です。朝9時には待合室に居ました。名前が呼ばれます。
「 Yさん。特に病気では在りません。栄養失調です。
食事はちゃんと採られてますか?」
「 はぁ~一応ですが・・・不規則です。」
「 注意して下さい。それが疾病の元になります。
特に薬は出しません。食事だけはしっかり食べるように。」
「 はい。お世話になりました。」
ここ2年は体重計に乗っていない。そのツケでしょう。
しばらくは、節制しよう・・・・・とは思いませんでした。
煙草の本数が減る事も在りません。
ただご飯だけは、まともに食べよう。
それ以外は変わらない日々が続きます。
もう早入社して2年が過ぎようとしています。
午前中の商談中の事です。いきなり来ました。
あの忘れかけていた痛みです。初めてじゃない。6年前を思い出します。
その時社長は不在でした。役員兼経理部長のN氏に言いました。
「 Nさん、肺がパンクしたみたいです。早引けしてもいいですか?」
「 ええ!! Y君、大丈夫か?」
「 はい。2回目なんで。一人で病院に行きます。」
「 一緒に行こうか?」
「 ホントに行けます。診断が出たら電話します。」
早い動きが危ないのは自覚しています。僕はまだ冷静でした。
地下鉄の駅までナマケモノのようなノロイ動作で歩いて行きます。
ところが階段がキツイ。かろうじて御堂筋線まで辿り着きます。
呼吸はまだ大丈夫でした。
何とかいけそうや・・・・
電車は、梅田を過ぎようとしています。
少しおかしい。本当は座りたい。しかしどの席も空いていない。
僕は、吊革にぶら下がっているのが精一杯になってきます。
身体が振動しています。寒気がする。
おそらく酸素不足に陥り懸けていたのでしょう。
視界が一瞬で消えました。
気が付いたら、僕は電車の床に横たわっていました。
スーツはドロドロです。
さぞ周りの人達は驚いたでしょう・・・・
「 兄ちゃん!!大丈夫か!!」
おじさんが、声を掛けてくれているようです。
まだ、意識が混濁しています。かろうじて聴こえている状態。
丁度その時です。電車のドアが開きます。
僕はヨロヨロと立ち上がり、何とか電車から降りました。
しかし立てない。
固く冷たいコンクリートの上で横になり息を整える事しか出来ません。
駅員さんが、すぐに来てくれます。
「 救急車呼ぼか??」
「 御願いします。」
前回と同じ右の肺です。少し落ち着いてきました。
二人の駅員さんが心配してくれています。
「 どないしたんや~」
「 ああ、行けます。暫くこのままにして下さい。」
白衣の隊員の方々が担架で運んでくれました。
「 スミマセン。ここは何処の駅ですか?」
「 新大阪や。すぐに病院探すからな。何か心あたり在る?」
「 在ります。自然気胸だと思います。2回目です。」
「 そうか。ほな行こ。」
この事態が、僕のこれから行こうとする場所へ影響を及ぼします。
それがどんな場所なのか? そして何が変わってしまうのか?
この時はまだ自覚してはいませんでした。
by Yasuki
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=eMc3MfeQAck
僕は就職活動と呼ばれる行為を一切しませんでした。
その意味がよく解らない。
興味のない事を、何故しなければならないのか?
本気でそう考えていました。
当然、成人式や卒業式にも行きません。
別に何の不都合も無い。全て個人の判断です。
それで十分だと今も考えています。
しかし世間はそうはいかない。僕の行為を許してはくれません。
大阪の小さな商社に入社出来るお話しが来ました。
僕はその会社に入る事を決意します。
妥協でしょうか? 違います。当然断る事も出来ました。
田舎育ちの僕は大阪がどんな所か見てみたかった。
そして仕事と呼ばれる体験をしてみたい。そう思ったのです。
会社の社長には、3年で退社の意向を面接時に伝えました。
社長は微笑んでいます。顎から永い髭が伸びている。
何か仙人みたいな人やなぁ~そう思いました、
「 Y君、取り敢えず4月1日から出社して下さい。」
古ぼけたアパート暮らし。お風呂も無い。電話も無い。
あるのは、AUDIOと布団。
それにテレビだけの部屋です。まだCDは出ていません。
学生時代と変わらんなぁ~というがその部屋でした。
地方から見たら、大阪はコワ~~~い街。そんな印象が拭えません。
路を歩いていたら絡まれる。殆どの男たちがサングラスを懸けている。
女性はケバイ。おばちゃんはしゃべりまくる。
1年間暮らして、一部は当たっていました。すぐ上の行がそれです。
これからも変わらないでしょう。大阪の文化として定着していると思われます。
何よりも驚いたのは、会社のシステムです。
社長は、10時出勤。それは良しとしましょう。
ところがです??
本業は、一切顧みず投資行動に没頭しているのです。
場所はミナミのど真ん中。家賃もそれなりだと思われます。
営業マンは一人しかいない。
何が何やら解らない。社員の誰も仕事の事は教えてくれない。
1年間は徹底的に電話対応と伝票書きの日々でした。
2年目の4月1日に、社長から初めて指令が来ます。
「 さぁ。Y君。お客さん周り行こか。」
「 はい。」
社用車は、一台です。
綺麗な紺色のロールス・ロイス・シルバー・シャドウでした。
ええ~~これで行くのん???
取引先は何とも思わへんのやろか・・・・・
僕はポカ~ンとしていました。
「 先に、一番の大事な会社に行くでぇ~」
ああ~この人は、それでいいんや。とても勉強になりました。
案外ハチャメチャな人なんかも知れへん。おもろいやないか。
社長を改めて見直しました。
1週間は、二人で出ずっぱりです。
もう何人と名詞交換したかも定かではない。そんな状態になっていました。
2週間目からは、地方へ電話をかけまくり自己紹介の連続です。
そしてすぐに前線に送り込まれます。
誰も教えてくれない。そうなれば自分で考えるしかないのです。
今思えば、社長の器の大きさ、度胸の座った姿が浮かびます。
無言の教えでした。
仕事は、殆どが定時に終業します。まずいのは住んでいる地域の環境です。
アパートの近くにパチンコ屋さんが乱立している事でした。
時間は有り余っています。入りびたりになるのは必然です。
食事は2の次になってしまう。11時まで球を弾いてから晩御飯を考える。
身体にいいはずが在りません。
ある朝起きると、眩暈がします。
取り敢えず着替えて会社に連絡を入れました。
「 Hさん、ちょっと病院に寄ってから行きます。」
近くの病院に行きました。大阪に来てからは初めての事でした。
先生が、首をかしげています。
「 Yさん、取りあえず血液検査しましょう。今の処は様子を見ます。
結果は明日出ますので、もう一度御出で下さい。」
次の朝です。朝9時には待合室に居ました。名前が呼ばれます。
「 Yさん。特に病気では在りません。栄養失調です。
食事はちゃんと採られてますか?」
「 はぁ~一応ですが・・・不規則です。」
「 注意して下さい。それが疾病の元になります。
特に薬は出しません。食事だけはしっかり食べるように。」
「 はい。お世話になりました。」
ここ2年は体重計に乗っていない。そのツケでしょう。
しばらくは、節制しよう・・・・・とは思いませんでした。
煙草の本数が減る事も在りません。
ただご飯だけは、まともに食べよう。
それ以外は変わらない日々が続きます。
もう早入社して2年が過ぎようとしています。
午前中の商談中の事です。いきなり来ました。
あの忘れかけていた痛みです。初めてじゃない。6年前を思い出します。
その時社長は不在でした。役員兼経理部長のN氏に言いました。
「 Nさん、肺がパンクしたみたいです。早引けしてもいいですか?」
「 ええ!! Y君、大丈夫か?」
「 はい。2回目なんで。一人で病院に行きます。」
「 一緒に行こうか?」
「 ホントに行けます。診断が出たら電話します。」
早い動きが危ないのは自覚しています。僕はまだ冷静でした。
地下鉄の駅までナマケモノのようなノロイ動作で歩いて行きます。
ところが階段がキツイ。かろうじて御堂筋線まで辿り着きます。
呼吸はまだ大丈夫でした。
何とかいけそうや・・・・
電車は、梅田を過ぎようとしています。
少しおかしい。本当は座りたい。しかしどの席も空いていない。
僕は、吊革にぶら下がっているのが精一杯になってきます。
身体が振動しています。寒気がする。
おそらく酸素不足に陥り懸けていたのでしょう。
視界が一瞬で消えました。
気が付いたら、僕は電車の床に横たわっていました。
スーツはドロドロです。
さぞ周りの人達は驚いたでしょう・・・・
「 兄ちゃん!!大丈夫か!!」
おじさんが、声を掛けてくれているようです。
まだ、意識が混濁しています。かろうじて聴こえている状態。
丁度その時です。電車のドアが開きます。
僕はヨロヨロと立ち上がり、何とか電車から降りました。
しかし立てない。
固く冷たいコンクリートの上で横になり息を整える事しか出来ません。
駅員さんが、すぐに来てくれます。
「 救急車呼ぼか??」
「 御願いします。」
前回と同じ右の肺です。少し落ち着いてきました。
二人の駅員さんが心配してくれています。
「 どないしたんや~」
「 ああ、行けます。暫くこのままにして下さい。」
白衣の隊員の方々が担架で運んでくれました。
「 スミマセン。ここは何処の駅ですか?」
「 新大阪や。すぐに病院探すからな。何か心あたり在る?」
「 在ります。自然気胸だと思います。2回目です。」
「 そうか。ほな行こ。」
この事態が、僕のこれから行こうとする場所へ影響を及ぼします。
それがどんな場所なのか? そして何が変わってしまうのか?
この時はまだ自覚してはいませんでした。
by Yasuki
http://www.youtube.com/watch?feature=player_detailpage&v=eMc3MfeQAck
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