終りの始まり

弾は、記憶の森を彷徨っていた。

蒸し暑い夜。風がまったく無い。8月も終わろうとしているが気温は
依然として下がらない。

ふと隣を見ると、どんとが立っている。今夜も、Bo Gumbosは良かった。
短い時間に凝縮された、タイトで楽しいプレイだった。

ここは学生自治の本拠地。この国でも有数の無法地帯だ。
たまに香しい匂いがする。あらゆるアウトサイダーの集積所。

頭脳警察も素晴らしい。パンタとトシが、疾走した。


 “ 銃をとれ!!”

本当に、ふざけるんじゃねぇぜ、はいい。大好きだ。
小手先なしでそのまんま。
かっこいいじゃないか。

その他様々なバンドが思い思いのスタイル、自分自身の
生身で演奏した、とてもいいフェスティバルだった。

PM:10:00を回っている。住宅街のど真ん中にあるこの地は
最後のバンドを待ちかねていた。
 

 テツ、チコヒゲ & フジオ

殆どの人々は帰らない。日曜日の夜、明日はまた仕事か学校だ。
だがこのメンバーの音を聴かずに帰れるはずがない。

テツは、FREE。 チコヒゲは、FRICTION、フジオは村八分だ。
弾に取っては最高の組合せだった。
その3つのバンドに教えてもらった。


  本物を聴け。

もう遅くなっている。聴衆がざわめき始める。1時間は待っただろうか・・・
やっとステージにチコヒゲが現れた。
テツはアンプのゲインを確かめている。
フジオが上がる。かなりふら付いている。
酔っているのか、夢の中か・・・
それか両方ちゃんぽんか。

テツが弾き始める。聴いたことの無い硬質なベース音だ。
チコヒゲも、ジャックナイフのような切れ味のいいドラミング。

フジオは入ろうとするが、何フレーズか弾いては止まる。
バックが聞こえていないようだ。
テツとチコヒゲは懸命にフジオに合わそうとするが、
それを拒否するかのように、右手を止めてしまう。
何度も何度も繰り返す。

お客さんも苛立っている。野次が飛ぶ。


「 ちゃんとやれ!!」

フジオが氷のような声で答える。

「 ちゃんとって、どんなリズムだよ。教えてくれ。」

弾は、思わずどんとの顔を見つめる。険しい表情だ。
詩人の泰樹さんも赤鬼のようだ。


「 てめぇ! いい加減にしろ!!」

3フレーズ弾いては止め、4フレーズまでいかない。
もうどうしようもない。

テツが肩からベースを下してさっさとステージから降りた。
チコヒゲはまだ何とかしようとしている。
男気の強いやつだ。だが奴の力を持ってしても無駄だろう。

後ろがざわめいている。近所の住民の人々が11時を
回っている事に怒り、権力を呼んだようだ。
自治の幹部が、ガンとして敷地に入れない。
小柄な女性も混じっているが彼らの意志は揺るがない。

ここを何処だと思っているのだ。ここには法律は存在しない。


 僕らこそが、規律だ。手出しはすべて無用。

気骨ある連中だ。

聴衆は事態が解ってきている。
フジオはもう終わった。
チコヒゲもステージにいない。
空しい怒号だけが飛び交っていた。

みんなが帰ろうとした時だ。フジオが一人で弾きはじめた。
他に誰もいない。インスッルーメンタルのプレイだ。

聴いた。夜空に光るたった一つの星ような孤独な旋律だった。

熱い夏が終わった。いきなり秋風は吹く。
いつかはこうなると予感はしていたが・・・・・
これほど虚しいLIVEの終わりは初めての経験だった。

弾は美優と来ていたが、帰りの車の二人は無言だった。
マセラッティの12気筒は唸りを上げ、夜の高速で
弾丸になる。弾はこのまま果てる迄走り続けたい・・・・・
そう思っていた。考えたくない。本気だった。

一つの時代が終わった。


紗和が、父親と話をしている。


「 お父さん、この子可愛いでしょ。」

「 ああ。おかぁさんにそっくりだ。」

「 そうなの? 私は憶えていないから・・・・
  どんな人だった。前は全然答えてくれなかった。」


「 もういい頃だな。お前の母親は偉大なシンガーだった。
  一度曲を聴けば全てを覚える。曲のニュアンス。
  イメージ。メロディー。
  作者の伝えたい事。一瞬で読み取った。
  だが楽譜は読めなかった。
  たった一人でも戦える、勇敢で優しい歌い手だった。
  お父さんは、おかぁさんのバックでベースを弾いていた。」


「 初めてね。おかぁさんの事を話してくれるの・・・・
  何で今なの? 」


「 お前が、またバンドを演っていると聞いたからだ。
  そのバンドのメンバーを聴いて話をする決心をした。」


「 おかぁさんの話がどんな意味を持つの?
  よく解らない。なんでメンバーに関係があるの?」


「 お前のバンドのメンバーを一人知っている。同じステージ
  に立った。おかぁさんもだ。ギターが冨士夫だった。」


紗和は言葉が無い。

「 BLUESを演った。お前が、まだ今の蒼音位の頃だ。
  紗和、最近鏡をみたか?」


「 ええ。少しずつ瞳の色が変わってきてる。青見を帯び始めている。」

「 それは、お前が命を繋いだからだ。いいバンドじゃないか。
  やれ。紗和ならおかぁさんを超えられる。」


紗和が、樹の方へ歩いていく。

「 お父さん、また来るわね。」

「 ああ。待ってるよ。」

父は、立ち上がり奥の部屋に入った。
携帯を鳴らす。


「 もう一度演りたい。一緒にやってくれるか?」

「 あぁ、テツさん。久しぶりですね。何かありましたね。
いいですよ。連絡します。」


「 宜しく頼む。」
 
もう桜が開こうとしている。
                           
終わりの始まり 

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